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院長プロフィール

院長プロフィール 幼少期

東京都新宿区で出生。黄疸がひどく親戚を巻き込んで交換輸血をしたそうです。そのおかげで今では立派な大人になりました。

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近所の幼稚園に入園し野球が大好きな園児だったようです。またピアノ教室へも通ったようですが練習がいやですぐ止めてしまったようです。でも、音楽に触れたおかげで小学生の時に役に立ちました。

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 この頃近所の小児歯科医にかかり、とてもよくしていただき、定期検診が楽しみだった記憶があります。優しいお姉さんと先生のおかげで現在入会している四谷歯科医師会よりよい歯の園児で表彰されました。

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私を診察してくださった先生のおかげで、今の私があると言っても良いかもしれません。私の診療所から将来私のような体験をしてくれる子がでて来てくれるよう頑張らなければと思っています。

学童期

この頃から公文(現在の診療所の下にある公文教室、先生も同じ)で算数を習い100点をとると褒められるので算数が好きになりました。単純ですが理系に進んだ原点かもしれません。

 

また、サッカーを始めるも、成長期による足の痛みのため運動が出来ず、3年生ぐらいから、暴れはっちゃく(知っている人はかなりマニア)のように健康優良児へ大変身しました。あだ名は何故か馬力。

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 学校生活では放送委員会に入り小学生では触れないような今でいうAV機器を使ってテレビ局のまねごとをしていました。下校の時間なると「新世界」をかけていたのが懐かしいです。また、放送委員会の顧問の先生が音楽の先生で何故か非常にかわいがって頂き、器楽委員でなかったのですが金管楽器(トランペットなど)を教えてくださり、学校の楽器を家に持ち帰って練習していました。

 

放課後は自転車を暴走族のように乗り回していました。当時、西部警察が私の周りではブームで、友達と自転車で編隊を組んで走っていたように思えます。休日はよく父親の後ろにくっついてサイクリングをしていました。もしかしたら、これが趣味のドライブ好きに通じているのかもしれません。

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中学時代はクラブ活動の記憶しかなくブラスバンド部へ入部しました。小学校でかわいがって頂いた先生のおかげでトランペットにはまりました。小学校から貯金で銀座の河合楽器でトランペットを買ったのを今でも覚えています。最近は、アコースティックギターを、歯科医師の師匠に勧められチャレンジしています。

 

 

高校時代

当時スクールウォーズがマイブームで高校生になったらラグビーをと思っていたのですが、通学時間がかかるのと練習が厳しそうだったので(根性なしでした)帰宅部で終わってしまいました。そのため考える時間はたくさんあったので本当に将来の進路のことでよく悩んでいたのを思い出します。

 

 

単純ですがこの頃HONDAがF1に再参戦し、中島悟がF1で活躍していた影響もあり将来はHONDAに入りたいと思い始め進路を理系にしたように思います。一方では笑われるかもしれませんが、パイロットも憧れました。

 

浪人時代

目的がしっかりしていなかったため当然希望大学へは不合格。

今はなき千駄ヶ谷の河合塾へ通っていました。不安でした。

将来のことを真剣に悩んでいたときに、何故か突然恩師に歯科医を勧められました。理由はよくわかりませんでしたが、これが私の人生のターニングポイントでした。

大学時代

目標を持つと人間は強くなるもので、無事昭和大学歯学部に入学しました。

ここは医学部、薬学部、歯学部の三学部の学生が一年間、富士山の麓(山梨県富士吉田市)で寮生活をします。勉強?、スポーツ、遊びには本当にいい環境でした。入るつもりは全くなかったラグビー部に入部。理由は簡単、先輩にそそのかされやめるにやめられない環境に追い込まれたのです。

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しかし、そのかいもあり最高の仲間と出会うことが出来ました。プレイヤーとしてはフランカーとフッカーをやっていました。帰宅部、浪人生上がりには練習が本当にきつかったです。

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春から夏は授業が終わるとグラウンドのある長津田へ。週末は練習試合。恐怖の夏合宿。今世間で騒がれている夕張市で当時夏合宿をしたことがあるのですが、市民の皆さんと夕張メロン踊りをしながら街中を行進したのが懐かしいです。

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9月、11月はシーズン。その合間をぬって、勉強、実習、試験を繰り返していました。

 

 

 勉学の方ですが大学5年生になると、病院実習が始まりますが、この頃から歯を削ることに抵抗感があり、虫歯をつくらない予防の大事さを考え、小児歯科、矯正、歯周病に興味を持ち始めました。いろいろ悩んだあげく、歯周病を極めることによりいろいろなことがわかるだろうと思い、歯周病研究する大学院に進学することにしました。

 

大学院・大学医員時代

人間性、社会人、歯科医師、研究者として本当にいろいろなことを学んだ4年間でした。また、多くの方々に出会うことが出来ました。ちなみに、私の研究テーマは歯ぐきでしたが、研究をすることで人間の凄さと限界を改めて感じました。

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4年間の研究生活を終え、その後4年間大学で臨床と学生教育にたずさわりました。臨床では多くの患者様とお会いし、喜んで頂いた方、一緒に悩んだ方など多くのことを学ばせて頂きました。学生教育では、学生に怖がられていたそうです。ちなみに現在はタバコを吸っていませんが、当時はスモーカーでした。禁煙されたい方是非ご相談ください。

 

開業

そろそろ自分が学んで来たことを皆さんに還元しなければと思っていたことや、子どもが生まれたことことなどから、開業しようと決心しました。

 

 

自分が歯で悩んだ時に安心・納得して喜ぶことができる病院。

近くに来たから寄ってみた、近所のたまり場。

そんな思いから開業地を探し始めました。

 

 

いろいろなところを見て回りました。将来開業出来たらいいなと思っていた、学生時代から通学路にしていたビルの二階が偶然空き室と聞き運命を感じ即決です。

 

そして、2005年 5月 タムラタイチ歯科診療所 開院

思いを現実のもとするために ・・・。

 

現在、妻と子二人

夢はタムラタイチ診療所に憧れて歯医者になる子供を誕生させること

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